| 和暦 | 
                        回数 | 
                        記事 | 
                      
                      
                        | 平成3年 | 
                        第1回 | 
                        わらべや日洋より大会運営を引継ぎ、三谷杯を創設する | 
                      
                      
                        | 平成4年 | 
                        第2回 | 
                        瀬沼市長を招く 
連盟挨拶を大野博氏が勤める | 
                      
                      
                        | 平成5年 | 
                        第3回 | 
                        連盟挨拶を田中資子氏が勤める(以後14回大会まで連続) 
水曜教室初参加 | 
                      
                      
                        | 平成6年 | 
                        中止 | 
                        主催者側の都合により中止(申し訳ございませんでした) | 
                      
                      
                        | 平成7年 | 
                        第4回 | 
                        新チーム4団体初参加 
日本生命小平営業所協賛(以後連続) | 
                      
                      
                        | 平成8年 | 
                        第5回 | 
                        前田市長を招く(13回大会まで連続) 
マミーズボール新聞を発行する 
ハッスル賞廃止 | 
                      
                      
                        | 平成9年 | 
                        第6回 | 
                        大不況の中、選手元気に戦う | 
                      
                      
                        | 平成10年 | 
                        第7回 | 
                        開催が危ぶまれたが、選手の熱い期待に応える | 
                      
                      
                        | 平成11年 | 
                        第8回 | 
                        積水ハウス協賛(以後連続) | 
                      
                      
                        | 平成12年 | 
                        第9回 | 
                        編集部の優勝チーム勝手な予想的中!(スピード・身のかわしナンバーワン 拾いまくって優勝か)どおりでした | 
                      
                      
                        | 平成13年 | 
                        第10回 | 
                        副賞として実行委員長故郷の魚沼産コシヒカリ2kが登場 | 
                      
                      
                        | 平成14年 | 
                        中止 | 
                        主催者側の都合により中止(申し訳ございませんでした) | 
                      
                      
                        | 平成15年 | 
                        第11回 | 
                        大会運営にミタックスが加わる 
新聞をカラーで発行 
事務局東村山市へ移転 | 
                      
                      
                        | 平成16年 | 
                        第12回 | 
                        積水ハウス混合チーム初参加 
ピカリ/キラリ賞廃止 
福引き始まる1等「折りたたみ自転車」 | 
                      
                      
                        | 平成17年 | 
                        第13回 | 
                        チームホームページが登場しインターネット普及の兆し | 
                      
                      
                        | 平成18年 | 
                        第14回 | 
                        小林市長を招く 
福引き1等にDVDレコーダー登場 | 
                      
                      
                        | 平成19年 | 
                        第15回 | 
                        参加選手312名 最高を記録 
連盟挨拶を高杉ヒフミ氏が勤める | 
                      
                      
                        | 平成20年 | 
                        第16回 | 
                        マミーズボールフェスティバルで愛を育んだカップル 積水チームに誕生 おめでとう! |